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神戸地方裁判所 昭和50年(行ウ)6号 判決 1979年4月26日

原告 畑明男

被告 兵庫県知事 外二名

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告兵庫県知事が昭和四四年一二月二〇日兵庫県指令農政(ル)第七一九九号をもつてした農地法五条による別紙物件目録(一)及び(二)記載の各土地の各所有権移転許可処分はいずれも無効であることを確認する。

2  被告香川鼎三と被告畑滝三間で昭和四五年三月一七日に締結された別紙物件目録(一)記載の土地の売買契約は無効であることを確認する。

3  被告香川鼎三、同畑滝三は原告に対し、別紙物件目録(一)記載の土地につき神戸地方法務局加古川出張所昭和四五年三月二四日受付第七七〇三号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告兵庫県知事

(本案前の裁判)

主文同旨

(本案の裁判)

1 原告の被告兵庫県知事に対する請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

三  被告香川鼎三、同畑滝三

1  原告の被告香川、同滝三に対する請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録(一)記載の土地(以下(一)の土地という)は被告香川所有の農地で原告が耕作(小作)していたものであり、同目録(二)記載の土地(以下(二)の土地という)は原告所有の農地であつたところ、右(一)、(二)の各土地について昭和四四年一一月四日、各所有者から被告滝三への農地法(以下法という)五条に基づく各所有権移転許可申請(以下本件各申請という)がなされ、これに対し同年一二月二〇日、兵庫県指令農政(ル)第七一九九号をもつて被告知事の各所有権移転許可処分(以下本件各許可処分という)がなされた。

2  しかしながら、本件各許可処分にはいずれも以下の通り重大、明白な瑕疵があるから無効である。

(一) (一)の土地について

(一)の土地についての本件申請は耕作者たる原告不知の間になされたものであり、右申請書には(一)の土地の耕作者を訴外畑吉一と記載しているところ、右土地の本件許可処分は右耕作者についての虚偽の申告を看過してなされたものである。小作地についての法五条の許可は、農地の賃貸借契約の解除等の許可があるか又は法二〇条一項一ないし四号に該当する事実があるかを確認したうえで、当該農地の具体的状況を前提に転用、譲渡の可否を判断してなすべきであるにもかかわらず、本件では前記のとおり耕作者の誤りを看過し、真の耕作者たる原告についての右の判断もなされずに、法二〇条の許可手続がないまま法五条による(一)の土地の本件許可処分がなされており、これは法が保護する耕作者の権利を侵害する重大な瑕疵で、許可そのものを無効ならしめるものである。

(二) (二)の土地について

(二)の土地についての本件許可処分は、申請当事者たる譲渡人とされている原告の申請に基づかずになされたものである。原告は右許可申請書に署名したこともないし、第三者に署名の代行を委任したこともない。さらに、本件許可についての許可指令書が当事者とされている原告に対してその交付がなされていない。

(三) 本件各許可処分は、(一)、(二)の土地を含む三筆の土地についての一括申請に対して一括してなされたものの一部であるから、右三筆の内の一筆の土地についての許可処分の瑕疵は、他の土地についての許可処分の効力にも当然影響を与えるものである。従つて、(一)、(二)の各土地についてのそれぞれの前記瑕疵は、当該土地のみならず他方の土地に対する許可処分についても無効事由となりうるものである。

3  被告香川と被告滝三は本件各許可処分後、(一)の土地につき神戸地方法務局加古川出張所昭和四五年三月二四日受付第七七〇三号をもつて同四五年三月一七日付売買を原因とする所有権移転登記をなした。しかし、右売買は有効な知事の許可を得ていないもので無効である。

4  よつて原告は、被告知事との間において、本件各許可処分の無効確認を求め、被告香川、同滝三に対し、(一)の土地についての売買契約の無効確認と、右売買契約を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続を求める。

二  本案前の抗弁に対する原告の反論

1  小作人は形式上は法五条の転用許可の申請当事者ではないが、転用許可処分に関して有する利害関係は単なる事実上の利害関係とは異なる。けだし法五条の農地の転用と小作権の存続とは相容れない事柄であり、法五条の転用許可は、小作者でない第三者への所有権移転及び農地の他目的使用の許可であつて、小作者の耕作権の排除の許可に外ならないものである。さらに、農地転用許可基準(昭和三四年一〇月二七日、三四農地第三三五三号次官通達)では、申請者が許可後遅滞なく申請に係る土地を申請の目的実現に供するものと認められない等申請目的実現の確実性がない場合はこれを許可しないことになつており、又許可しても申請書に記載された事業計画に従つてその事業の用に供しないときはこれを取消すとの条件が付されるのが普通である。本件各許可処分にも、許可の日から六ヶ月以内に着工しなければ取消すとの条件が付されている。このように転用が許可され、転用が義務づけられた土地について小作権の存続の余地はなく、当該転用許可の効力を争う以外には小作人の地位、権利を保全することは不可能である。

2  本件各土地は盛土されていても家屋は建てられておらず、盛土を除けば元の田が露出して農地に復元することも可能である。

三  本案前の抗弁(被告知事)

1  (一)の土地について

(一)の土地についての本件申請や許可処分の当事者ではなく、右土地の小作人たる地位にあることを主張するにすぎない原告は、右土地の本件許可処分の無効確認を求める法律上の利益を有しない。けだし小作人であるならば、当該土地の所有権が他の者に移転することになつても、その小作人たる地位には何ら消長をきたさない(法一八条一項)ばかりでなく、小作権は法五条許可により消滅するものでもなく、別途に法二〇条の要件を具備してはじめて消滅するものだからである。従つて原告において、あえて小作人として利害関係のあることを理由にその地位の保全を図ることが目的ならば、現在の土地所有者に対して、小作権の確認という現在の法律関係に関する訴えによりその目的を達しうるものであつて、結局原告については、(一)の土地の本件許可処分の無効確認を求める適格を欠くものと言うべきである。

2  (二)の土地について

原告は、(二)の土地についての本件許可処分の瑕疵を理由として処分の無効を主張するが、しかりとすれば、右許可処分の無効を前提として、右許可処分に基づき所有権移転登記を受けた譲受人に対して、当該所有権移転登記の抹消請求あるいは所有権確認請求という現在の法律関係に関する訴えを提起することにより目的を達しうるのであるから、右許可処分の無効確認を求める適格を欠くものである。

3  本件各許可処分の対象となつた(一)、(二)の各土地は、いずれもその後、土盛のうえ小砂利が敷かれ、踏固められて宅地化され、被告滝三所有の工場や住宅に出入りする車両の道路や金屑置場の敷地等として利用されており、農地への現状回復は事実上不可能に近いものであつて、すでに農地法の適用外の土地となつたものと言うべきであるから、許可処分の存否や効力の有無にかかわらず本件各所有権移転の効果には影響がないものと言わねばならない。従つて、仮に本件各許可処分の無効が確認されても、被告滝三の(一)、(二)の各土地の所有権取得の効果を否定することはできず、原告の所期する目的を達することはできないから、結局原告には、右各許可処分の無効確認を求める利益はすでに消滅しているものである。

四  請求原因に対する認否

(被告香川、同滝三)

1  請求原因1は認める。

2  同2の(一)のうち、許可申請書に(一)の土地の耕作者が畑吉一と記載され、右誤記を看過して許可処分がなされたことは認めるが、その余は争う。

3  同3のうち、(一)の土地の売買と所有権移転登記の事実は認めるが、その余は争う。

(被告知事)

1  請求原因1は認める。

2  同2の(一)のうち、許可申請書に(一)の土地の耕作者が畑吉一と記載され、右誤記を看過して許可処分がなされたことは認めるが、その余は争う。

同2の(二)は争う。

同2の(三)のうち、本件各許可処分が(一)、(二)の土地を含む三筆の土地についての一括申請に対して一括してなされたものの一部であることは認めるが、その余は争う。

3  同3のうち、(一)の土地の所有権移転登記の事実は認めるが、その余は争う。

五  被告らの主張

(被告香川、同滝三)

(一)の土地の本件申請については、原告もこれを承諾し、一五万三〇〇〇円の離作料で小作権を放棄することに同意し、又、自己が建てていた(一)の土地上の鶏舎の取りこわしを手伝うなど自ら協力しておきながら、今日に至つてその許可申請の形式的な瑕疵をとらえて無効を主張するのは、信義則に反し権利の濫用であつて許されない。

(被告知事)

1 (一)の土地の本件申請書で小作人の氏名に一部誤記があつたとしても、原告において昭和四四年一〇月頃、(一)の土地の管理人香川直太郎との間で右土地の離作についての契約が成立し、右土地の土盛工事や地上の鶏小屋の取りこわしに対して異議を申立てることなく承認し、昭和四五年以降は被告香川はもちろん被告滝三に対しても、小作料を支払うなど小作人としての債務を履行せず、又小作人としての権利を行使していないのであるから、原告は(一)の土地の離作に同意していたものであつて、実質的に小作人の権利の保護に欠けるところはなく、(一)の土地の本件許可処分には無効事由となり得べき重大な瑕疵はない。

2 そもそも、小作人の保護は法二〇条の手続によりなされるものであつて、又、法五条の許可と法二〇条の許可とは法令上各々申請当事者も許可条件も異なるところから別途に処理されることになつており、法五条の許可をするにあたり、事前に小作人の同意を得ることや法二〇条の許可がなされていることは法令上不可欠の要件とはされていない。小作人の権利は、法五条の許可があつても直ちに失われるものではなく、法二〇条の定める必要な要件が具備されてはじめて消滅するものであり、従つて法五条の許可そのものによつて原告の小作権が侵害されたものとは言えない。法二〇条の許可なくしてなした(一)の土地の法五条の許可は小作人の権利を侵害する違法なものであるとの原告の主張は失当である。

3 (二)の土地についての本件許可処分に、仮に原告主張の如き瑕疵があるとしても、原告は当該許可に基づく所有権移転登記申請には登記義務者として被告滝三に協力しており、又、当該土地が被告滝三により許可後埋立てられ、車両の道路として利用されていることを長期間にわたり黙認していたことに照らせば、かかる瑕疵はすでに治癒されているものと言うべきである。

4 (一)、(二)の各土地を含む合計三筆の本件の一括申請は、各々当事者を異にしているので本来個別に申請すべきところを、便宜上同一申請書を利用してなされたために、これらに対する許可も一括してなされたものであつて、各申請に対しては、あくまでも各当事者毎に別個独立にその許可要件の具備の有無を審査するものであるから、その許可の効力も当該取引当事者間に及ぶものにすぎず、他の当事者間には及ばない。従つて、仮に一当事者間の申請に対する許可に瑕疵があつたとしても、そのことが他の当事者間の許可の効力に影響を及ぼすことにはならない。

第三証拠<省略>

理由

一  被告知事に対する請求について

1  請求原因1(本件各許可処分の存在)は当事者間に争いがない。

2  そこで、被告知事の本案前の抗弁について判断する。

(一)  (一)の土地の本件許可処分について

法五条は、農業の保護と共に、農業とそれ以外の利用関係を調整し、相互の土地利用の合理化を図ることをその趣旨とし、その許可にあたつては、転用目的の妥当性、必要性、転用計画の具体性、可能性を主な観点として、総合的土地利用の見地から判断がなされることとなる。そして、その許可申請は譲渡人及び譲受人を申請当事者としてなされるが、当該農地に小作人が存在する場合には、許可申請書に「耕作者の氏名又は名称」「申請者がその農地の転用に伴い支払うべき給付の種類、内容及び相手方」を記載すべきものとされる(法施行規則六条一項、二条一項二号、四条一項三号)。

原告は右規定を根拠として、法五条の許可申請では事前に小作人の同意のあることが前提となつており、その許可処分に関して小作人は法律上の利益を有する、なぜならば、法五条の許可は所有権移転及び農地の他目的転用の許可であつて小作人の耕作権の排除の許可に外ならず、又、許可の際、申請書に記載された事業計画に従つてその事業の用に供しないときはこれを取消すとの条件が付されるのが通例であり、このように転用が許可され、義務づけられることは小作人の権利に対する重大な侵害である、と主張する。

しかしながら、申請書の前記記載は、前記法五条の趣旨からすると、あくまでも当該農地の現状の把握と転用計画の具体性の有無等の判断の資料としてなされるものであつて、小作人の保護を直接の目的とするものではないと考えられ又右申請に当つて小作人の同意は法文上要求されてはいないのである。そして、小作人としては土地の引渡を受けていれば(原告が(一)の土地を耕作していたことは当事者間に争いがない。)、土地の所有権が移転した場合でもその小作権を新所有者に対して主張することができる(法一八条一項)のであるから、法五条の許可がなされてもその小作人たる法的地位は変わらないものである。又、法五条の許可に際して、一定期間内に転用工事に着工しなければ許可を取消すとの条件が付された場合でも、許可後右期間内に着工しようとすれば、改めて法二〇条の許可を得ることが必要となり、法二〇条の要件が具備していなければ小作権は消滅することはなく、転用工事に着工できないのであるから、この場合においても小作人の法的地位は、法五条の許可の条件にかかわらず、法二〇条によつて保護されることとなる。

このように、小作人としての法的な地位は法五条の許可によつて変わることはないのであつて、あえてその地位の保全を図ろうとするならば、新所有者に対する小作権確認の訴えや工事禁止、現状維持の仮処分等によつてその目的を達しうるものである。

そうすると、原告は(一)の土地の本件許可処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有するとは言えず、原告としての適格を欠くものと言わざるを得ない。

(二)  (二)の土地の本件許可処分について

行政処分の無効確認の訴えは、当該処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有する者が、当該処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができない場合に限り提起することができる(行政事件訴訟法三六条)のであつて、このように、行訴法上無効確認の訴えは、現在の法律関係に関する訴えによつてその救済が得られない場合における補充的な訴訟としてのみ許されるものである。

これを本件についてみると、成立に争いのない丙三号証によれば、(二)の土地につき本件許可処分の後、昭和四五年四月一日の売買を原因として原告から被告滝三に所有権移転登記がなされていることが認められる。そうすると、右許可処分が無効であるならば、被告滝三は(二)の土地の所有権を取得せず、原告の所有権は失われていないのであるから、原告としては、右許可処分の無効を前提として被告滝三に対し、所有権確認あるいは所有権移転登記の抹消登記請求という現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができるものであるから、本件許可処分の無効確認を求めることはできないと言わなければならない。

なお、行訴法上無効確認の利益は、当該行政処分に続く後続処分により損害を受けるおそれがあり、その損害を未然に防止する利益がある場合にも認められる余地があるけれども、法五条による本件許可処分はそれ自体で完結した処分であり、右の要件に該当しないことは明らかである。

3  そうすると、原告の被告知事に対する本件各訴えは、いずれも原告適格を欠く不適法なものであり却下を免れない。

二  被告香川、同滝三に対する請求について

1  (一)の土地は被告香川所有で原告が耕作(小作)していたこと、被告香川と同滝三は右土地につき昭和四四年一二月二〇日に本件許可処分を得て、同四五年三月一七日売買契約を締結し、神戸地方法務局加古川出張所同年三月二四日受付第七七〇三号をもつて右売買を原因とする所有権移転登記をなしたこと、以上の事実は各当事者間に争いがない。

2  ところで原告は、右許可処分の無効を理由として本件売買の無効を主張し、かつ本件移転登記の抹消登記手続を求める。しかしながら、原告は小作人として(一)の土地を耕作していたのであるから、転用を目的として右土地の所有権が移転しても、その小作権を新所有者に主張することができ(法一八条一項)、小作人たる法的地位には影響がないものと言うべきである。従つて、原告には本件売買の無効確認を求める利益はないと言わなければならない。

又、本件移転登記の抹消登記手続についても、(一)の土地の小作人にすぎない原告は、右に述べたとおり、本件売買の無効確認を求める利益はなく、その小作人たる法的地位には影響がないのであるから、右抹消登記手続を求める利益も同様にないものと言わなければならない。

三  結論

以上の次第で、原告の本件各訴えはいずれも却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林義一 河田貢 三輪佳久)

物件目録<省略>

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